June 2, 2012
23歳、街をつなぐ防災情報マガジンの編集長になりました。

編集長/Managing Editor

23歳の僕は、これまで全く経験のない”編集長”という世界に、一歩踏み入れることにしました。

原点は昨年の2011年5月〜2012年3月まで学校を休学して活動を続けた、東北の復興支援。

僕は10ヶ月の支援活動のなかで、1つの問題意識を得ることが出来ました。

■防災・震災復興からみる、街のまとまりの重要性

東北の復興支援活動でわかったこと。それは街のまとまりの重要性です。

街全体で未来の震災に備えた地域とそうでない地域には、被害に差が見られました。

例えば、「釜石の奇跡」と呼ばれる釜石東中学校学区の場合。

同地区では7割近い建物、市の被災全体の4割に上る約1800戸が被災したが、小中学校では11日欠席だった生徒を除いて一人の犠牲者も出さなかったと知られています。

また、生徒自ら率先して同学区の小学生の手を取り、共に高台に逃げたとも知られています。

こちらの例は防災教育の重要性でよく取り上げられていますが、学区単位で共助の精神をもって被害を最小限にした例とも言えます。

また、街全体でまとまりのある地域は、スムーズに復興を進めています。

一方、まとまりの見られない地域は、官民間の合意形成などに時間を割かれてしまっている現状があり、復興の様子からも”街のまとまりの重要性”を痛感させられました。


■街のまとまりの重要性は、東北に限った話ではないということ

そしてこの問題意識は、東北に限った話ではなく、

むしろ「無縁社会」と言われた日本全国の都市部にも当てはまるものだと僕は考えています。

2012年4月、東京とは首都直下型地震の被害想定を見直し、最大震度7、死者9700人の被害が出ると発表しました。

また、神奈川県から鹿児島県までを襲うと言われている南海トラフ地震では、M9レベルの地震が起き、2万人以上の死者が出るといわれています。

しかしながら、たとえば東京都で最も産業が集まる街・港区では、街のコミュニティである町会・自治会が開催する防災訓練への参加率が全体の3%。街を構成する行政・企業・住民の連携もほとんどない状況です。

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May 28, 2012
lickystickypickywe:

imanel:

Helado de frutas. (theBERRY)

What?!

lickystickypickywe:

imanel:

Helado de frutas. (theBERRY)

What?!

(via kirinorange)

May 28, 2012
burnworks:

Tiny miniatures on grassy fingernails (by Alice Bartlett)

burnworks:

Tiny miniatures on grassy fingernails (by Alice Bartlett)

(via kirinorange)

May 1, 2012
動き出した象を追いかけて: 就職じゃなくて、就社。

ryo-india:

なんだか腑に落ちないことが多々ある。

それは、日本の就職活動に対してである。

見えてこない自らのキャリアの指針を無理にでも導き出す。
そして、企業の風土や価値観と照らし合わせたフリをして、いかにも理路整然と語る。

人気企業ベスト100の企業目指して、大手町界隈をリクルートスーツで練り歩く。
就職ではなくて、就社ですよね。

その姿は、百人二色くらい。
僕には、ほとんどみんな同じに見えます。
二色というのは「男」か「女」か。

学生はその気になって、沢山話しているうちに、いかにも自らの指針が見えてきたかのような幻想に浸ってしまう。
そして、3年で離職率50%という現実。

よく言われている話ではあるが、まったくの同意。

April 30, 2012
自己形成とか自分探しとかについて 〜4月30日 哲学の授業より〜

初めて哲学の授業に臨んだが、テーマが面白かったので記録しておこうと思う。

(以下、授業記録)

テーマは”人の変化”とは。

人の変化(=差異=新しいもの)は、物理現象の中ではなく、物理現象を印象として受け入れ、意識現象となったときに精神に差異が生まれるものだ。

例えば、人は「時間」について”チクタク”の反復(=意識現象)を意識せずに受け入れ、”チク”が現れると”タク”の出現を自ずと期待する。このような期待は主体的な主観性(?)に基づくものである。

主体性は自らする人の行動、主観性は自らする人の思考を示し、主体性は実践へ、主観性は認識へと繋がる。

かのミシェル・フーコーは、そのような主体性や主観性などの「自分から〜する」ということ自体、錯覚に過ぎないという。人はいつも受動的な生き物であり、他者より刷り込まれた考えや感覚的なものが人の選択や行動に影響するものであるという。

そのため、”自分探し”などしても自分は見つかる訳はなく、むしろ本当の自分を探せば探すほど何もなくなってしまう。

そのようにならないためには、人は社会において当たり前だと思われていることに疑問を持ち、他者より刷り込まれた既存の考えが形成した線路から外れ、そうすることで絶えず自分を作っていき、他者との差異を生み出して行くことが大事なのである。

(授業記録終わり)

後半部分の自分探しに関することや、自分を形成していくことの大事さにすごく共感できた。

自分も以前は自分探しのために海外の1人旅に出たりと「自分ってなんだろう?」と考え込んだ時期があったが、自ら他者とは違う選択をしたことで(少しずつだったけど)他者との差異を感じ取る or 生み出せるようになり、また自分軸をだんだんと持てるようになったと感じている。(フーコーの言うように、おそらくそれも究極的には他者から影響を受けたものではあるが。)

自分は探しても探しても見つからないものである。それよりも自分軸を持って自分を作っていくことが、結果それが自分らしさとなるのだろう。

April 29, 2012

ももクロのプロデューサー、前山田健一(ヒャダイン)さんに脱帽。すごい。

March 24, 2012
ご報告 2012年3月25日

少し遅れましたが、23日の勤務をもってインターン先であるRCF復興支援チームでの復興支援活動を終えました。3月末を持って休学も終わり、4月より復学する予定です。

きっかけは代表の藤沢烈さんによる5月のTwitterの人材募集の投稿。
”東北復興支援”という1つのテーマで様々なところから集まり知り合った方々との繋がりは、僕にとって大切な財産であると感じています。

一昨年までは学生とベンチャーITというある意味全く違うフィールドから、昨年”震災復興支援”という社会起業フィールドに飛び込み、社会課題解決のために活動されている方々は本当にかっこいいなと心から感じました。

復興支援活動を通して学ばせていただいた最も大切な事である、”人への思いやりを持つこと”を胸に刻んで、明日以降も生きていこうと思います。

今後は、東北の食材を使ったお店で働くなど自分なりのスタンスをもって今後も復興支援に携わりたいと考えています。
また、そのときの状況次第ですが、可能なら現地での支援活動に1年後また参加したいと考えています。

また、この一年間で自分自身が抱いた問題意識を元に、港区の”防災情報発信メディアプロジェクト”と、休学者・休学経験者・休学予備軍の三者のプラットフォーム「休学.com」の、2つのプロジェクトの運営に引き続き携わっていきます。
特に前者の方に関しては緊急性が高く、実現できなければ後悔するものとして感じています。

これまで様々な方に様々なところでお世話になりました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2012年3月25日
緒方 康浩

March 22, 2012

ドイツZDF フクシマのうそ

日本全体の構造の問題を象徴しているように感じた。様々な利権や思惑によって構成される社会。正しい事を成し遂げるのにも、圧力等が存在する世の中。

原発問題に立ち向かい、事実を分析しようとしている人は、民間のみならず、ここで取り上げられている東電や政府にもいるはずである。そのような方々をまずは応援しないといけない。

March 20, 2012
震災復興とリーダーシップと民主主義

民主主義とは何か。

東日本大震災から1年。各地で震災復興は確実に進みつつあるが、まだまだ問題は山積みである。

遡ること約90年前の1923年9月1日、関東一円をM.7.9の激震が襲った。関東大震災である。当時東京市長を務めていた後藤新平は、震災被害も収まらない2日夜に発足した山本権兵衛内閣にて内務相となり、救援と復興の責任者となった。

内相就任の2日夜、帰宅した後藤はただちに机に向かって復興根本策を書き上げ、10日後の12日には、「復興」を掲げた詔書が発する。そしてその15日後の27日には復興院を発足し、その後復興院による一元的な復興事業により急速に東京は復興したと言われている。

未曾有の大震災と言われる東日本大震災。これまでの復興の道のりの中で、後藤新平ほどリーダーシップをもって「復興」を掲げた人はいるのだろうか?

なぜ、リーダーシップをもって「復興」を掲げられる人がいないのか?

因は2つ考えられる。ひとつはそもそもリーダーシップを発揮できる人がいないから。もうひとつは、リーダーシップを発揮しづらい世の中だから。前者も前者で仮にそうなら問題だと思うが、特に後者が仮にそうだった場合、前者以上に危惧を感じる。

SNSが普及し、「新しい公共」が叫ばれる今日は、いわゆる”民”が””官”にある意味介入しやすい世の中になりつつあると思う。そこに数々のメリットはあると思うが、一方でそのような世の中では多種多様な”民”が関わるために、何かの重要な意思決定をする際は(明らかにそれが正しい意思決定だとしても)合意形成を取らなくてはならない。

明らかに正しい意思決定なら、すぐに合意形成できるはずである。しかし社会はそれほど単純ではない。様々な立場でそれぞれ思惑があり、その思惑から外れると、たとえ正しい意思決定だとしても議論が発生してしまう。そして下手すれば反対派が賛成派を上回ってしまう。だから事前の合意形成やいわゆる”根回し”は社会において重要だと言われる。これが今日における社会そのものだ。

このような世の中は、果たして民主主義社会が機能していると言えるのだろうか・・?

高台移転など、復興の過程において明らかにやるべきことも、合意形成が必要となり、「やれよ!」の一言では何も動かない。そのためにスピード感を保てなくなってしまっているのが、いまの復興の姿であり、社会そのものだ。

このような社会において、自分はどのように生きていくべきなのか。1つのテーマとしてじっくり考えていこうと思う。

March 11, 2012
東日本大震災から1年を経て思うこと。

東日本大震災から1年。振り返ればあの日は今年まで所属していたAIESECのイベントに出席するために自宅で身支度をして出発するところだった。自宅で大きな揺れを感じ、テレビとずっとにらめっこをしていた記憶がいまでも鮮明に残っている。

あれから1年。ベンチャーITでのインターンを学業のため終えながら、被災地の現状が ”なんとなく” 気になっていた僕は、ふとしたきっかけで復興支援団体でインターンをし、そこで様々な方々と出会い、いろんな仕事に携わらせてもらった。

また、震災前はまさか休学し復興支援活動にコミットするとは思っていなかったが、いろいろ考え8月に休学を決意し、いまも支援活動に自分なりに専念している。

誤解を恐れずに言うと、おそらく他の復興支援従事者も同様の方が多いと思うが、震災のおかげで自分の環境・考え・価値観は良い意味でがらっと変わったように思える。

自分がまさか休学し、仕事に専念し、将来の夢を社会起業家と掲げるとは、一年前までは思ってもいなかった。

ある意味、この変化や経験を与えてくれたのは、震災があったからであり、そしてこのフィールドで活動されている方がみんな好きだからであると思う。

そして、昨日ふと思ったのだが、復興支援従事者でない方も、何か考え方や価値観などで変化が多少なりともあったのではないか・・・?と思った。

震災以後、「震災婚」という言葉が生まれるなど、結婚観や仕事観の変化があったとのデータが、広告会社のシンクタンクを中心に発表されている。

震災は、もちろんいろんなものを奪ったのは事実であるが、同時にそこから得たものもそれぞれで様々あるように感じた。

東日本大震災から1年。大手マスメディアでは復興が進んでいない現状が報道されているが、関わってきた立場としてみると着実に復興は進みつつあると感じている。

しかしまだまだ課題が山積みなのは事実。復興支援団体でのインターンと休学は3月末で終えるが、5年10年とかかるであろう復興に、自分なりのスタンスを持って今後も関わっていきたいと思っている。

2012年3月11日

緒方 康浩